当院の理事長市村賢二、大泉診療所院長須田光昭が制作に協力をしている和田はつ子さんの著書、「口中医桂助事件帖」です。江戸時代の歯科医師が活躍する物語、ご興味のある方は是非ご一読ください。

待望の新刊発売!淀君の黒ゆり口中医桂助事件帖
側用人の岸田正二郎が治療に訪れ、大名家で起きた不可解な事件の調べを桂助に命じてきた。堀井家江戸留守居役である、金井が殺害されたという。金井の両手足には五寸釘が打ち込まれており、なぜか歯にはお歯黒が塗られていた。岸田の知らせで、次いで善石寺を訪れた桂助は、毒殺された女性の骸と白いゆりの花を発見する。これを聞いた志保は、「絵本太閤記」に記された淀君と寧々を巡る黒ゆりの話をした。そして住職から、闇に葬られた藩の不祥事があったことを聞き、桂助は真相に迫っていく。表題作ほか、桂助の推理が冴え渡る、人気書き下ろしシリーズ第十弾。

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江戸末期の歯科事情
江戸時代の歯科医が主役の小説
 
江戸時代の歯科医が難事件に挑む―そんな大変面白い切り口で書かれた、作家・和田はつ子さんの作品 『口中医桂助事件帖』。
この作品において、当院の市村賢二、須田光昭が制作に協力をしています。
当時の江戸の町の様子を、歯科医の視点から描いたこの作品。当時の歯科医療事情を伺いしることもできるとても興味深いものとなっています。
 
仏教伝来から始まった、デンタルケアの歴史
 
歯ブラシのご先祖様とも言える歯木(菩堤樹の木片の先端をかみ砕き房状にしたもの)が仏教伝来と共に平安時代の日本へ伝わり、房楊枝と呼ばれ、清掃用具として僧や仏教徒の間で用いられるようになりました。
 
江戸時代の歯磨き
 
江戸時代となると、口腔ケアの考えは民衆にも広まり、房楊枝の専門店なども姿を見せます。
当時の浮世絵を見ると、女性が房楊枝を用いている作品があり、一般への普及・定着が確認できます。
歯磨き粉もエジプトを起点として、中国、朝鮮半島を経て江戸時代の日本に伝わり、その後、歯磨きブームを起こします。各お店が販売合戦を繰り広げ、歯磨き粉売り場に看板娘を置いて競い合う光景なども見られたようです。「白い歯を見せれば売れる楊枝見世」といった宣伝文句も残っています。
このように口腔ケアの考えは意外と昔から私たちの生活に浸透していたようです。 昔の方々が築いたこうした健康習慣を大切に、今後も健康の維持のため、よりよい口腔ケアの考えを発展して行ければ良いと考えております。
 
 
 
 
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